ぼくは、またひとり旅をしている。
ウェスト・シティのターミナル駅所を正午に出る汽車に坐って、もう3、4時間くらいになる。長い距離をゆっくりゆっくり、どの駅所にも停まって走っていく鈍行の汽車だ。ターミナルから乗ってきたお客は、ぼくの他にはほとんどいなくなっていた。
汽車は農家のちらばる平野をごうごうと駆け抜け、短い橋をふたつ渡り、川筋沿いに高いところを走りだした。
川の反対側のひくいところに、どれもおなじ形の、型枠で嵌めたような平屋がいくつも連なっている。
粗末の極みのような家々だった。砂利のうえにじかに立ち、なんのかざりけもない屋根を載せ、壁はささくれかかったような板でできていた。ひとつの棟に4つづつ、均一な間隔をもって戸口が並んでいる。短い軒下に洗濯物が干され、走る汽車のおこす風に圧されてはためく。
そんな家が、鉄路より一段ひくい砂利のうえにいくつもいくつも横たわり、それがずっとつづいた。
ぼくは右の窓下の川の流れなど見もせずに、その家々に息をのんだ。
建物のあわいに、人影がいくつか見えた。汚い砂利のうえを裸足で走りまわっている。こどもだった。どの子もハダカ同然で、痩せて肋骨の浮いた腹を丸出しにしていた。シャツを着ている子もすこしはいたけれど、それもボロ雑巾のように汚れていた。洟を垂らしながら、棟々をかきわけるように鬼ごっこに興じている。
また別のこどもの後姿が見えた。つくろいの跡のある窓硝子を、布か何かでこすっているようだった。お尻が揺らして懸命に磨いている。顔は見えないけれど、女の子らしかった。色つやの無いかみを、紐で無雑作に束ねていた。
ぼくは汽車の窓の高みから、かれらを見下ろしている。車はずんずん前へ走る。その響きが、なんだか傲慢にきこえた。
窓の外がうす暗くなってきた。車体がきしんで、前にひっぱられるようになって、汽車はどこかの駅所にとまった。暗いなかでも、あたりは一面の林檎畠だとわかった。低い樹がいくつも立っているのがみえる。
車のうしろのほうから、きんきん声が響いてくる。幼い男の子が、なにやらぐずっているような気配だった。
「ずっと先まで乗ってみたい! トゥーホッティまで!」
「馬鹿なことを云いなさい。そんなお金が何処にあるの、」
若い母親が、男の子の手をひったくるようにして出口を降りていった様子だった。窓の外の歩廊を、母子は駅構舎へと歩いていく。ふたりとも着古したようなうすよごれた服を着ていて、母親の顔には化粧っけが無かった。
“ずっと先まで乗ってみたい”か、と思う。ぼくはいま、思うままに汽車に乗っている。そしてそれが特別なことなんだと、あまり意識してはいないことに気付いた。
ぼくは、おこづかいを貯めては一人で旅行しているけれど、ぼくのもらっているおこづかいは、思ってみればコドモには不相応なほど多い気がする。ウェスト・シティのこどもたちのなかでは、特別な額ともいえないけれど。
その駅所を出発して、しばらく走り、もうすっかり陽が暮れてしまった。オナカがぐぅと鳴る。お昼に乗った車なのに、いまは夜を走っている。それはいつ体験してもフシギに思う。
汽車は足を緩め、またどこかにとまった。窓の外にうつっているけしきは、海か山かもわからない、ただの闇だ。ごく小さな停車場で、駅構舎もないらしい。わずかに月明かりだけが、屋根のない歩廊をぼんやり照らしている。
なんの荷物が入っているのか、大きな籐の行李を身体じゅうで背負ったおばあさんが歩廊を降りていき、明かりのない道を前かがみに歩いていく。ぼくはなぜだか、その後ろ姿がとても心細く見えて、それにつられるみたいに寂しくなってきた。
いくつか短い間隔で駅所に停まっていき、気付けばぼくの乗っている号車にはお客がほとんどいなくなっていた。
静かになった車内は物音がよく通る。足下から発する轍の継ぎ目の音律が、車室ぜんたいに響きわたる。
ふいに、車の後ろのほうから、なにか大声がきこえた。
「ガキのくせに、ひとりで汽車に乗ってけつかる!」
男の声は遠かったが、大声なので明瞭に言葉を拾うことができた。ガラガラのダミ声で、独特のなまりがある。自分にたいして浴びせられた言葉のようにも思えたが、声は遠くの座席からきこえていた。
大声の主は、べつの何人かと談笑しているらしい。野良で話すみたいな声で怒鳴りあっている。たぶん、お酒も呑んでいるのだろう。
「だいたい、ケツの青いガキがじゃな、わっしらと同じ汽車に乗っとるのがケシカランちゅうんだわ!」
「そうじゃ、平気な顔ですまして乗ってけつかる。わっしらがこうして仕事しておるのに、」
「まぁ、そうだけぇが、いまごろの坊はわしらの頃とちがうからのう……」
ぼくのことを云っているのだと思ってしまっても仕方のない内容だった。きっと駅所に車が着くときの窓越しに、ぼくの顔を見たのだろうと思う。
おじさんたちは、ぼくにきこえてないと思っているのだろうか。いや、きこえていようがいまいが構わないのだろうか。
話は、自分たちの子供の頃は――という内容になって、やがて聞こえなくなった。
インヴァネスの右肩をなおす素振りで、首を後ろへ向けてみる。後ろには誰の姿もなかった。いぶかっていると、幌を隔てた後ろの車から、またガラガラ声がきこえてきた。すごい大声だ。
次にとまった駅所は、大きな石造りの構舎をもっていた。けれども、手入れがよくないと見え、壁のところどころにヒビが入って痛み、しかもいたずら書きで汚されている。夜であることも手伝って、ひどくうらぶれて見えた。
おじさんたちが4人、窓の外の暗い歩廊を千鳥足で歩いていく。彼らが声の主だろうか。ぼくはにぎりこぶしを作って男たちを見た。陽灼けした上半身を剥き出しにして、手ぬぐいを首にひっかけている。みんなすごいヒゲづらで、顔中まっくろに見えた。改札門の脇の壁にツルハシと鉱石を象ったらしい紋所があったので、そこの仕事なのかも知れない。おじさんたちはぼくの方には向かなかった。
汽車は夜を走っている。
あとすこしで街に着くはずなのに、窓の外はただの闇のままだ。本当にこの汽車は街へと走っているのだろうか。本当にこんな具合で、今夜のベッドにもぐれるのだろうかと、それが心配になった。
自分の相貌が窓硝子にうつりこむ。前にも後ろにも、お客はだれもいないようだった。懐の銀時計を見ると、ちょうど夕食のだんらん時だ。みんな、一日の用事を終えて、家族でやすらいでいるのだろうか。またはさっきのおじさんたちのように、忙しく仕事に汗を流しているのかも知れない。
ぼくは何の用事のあるわけでもないのに、行ってみたいから、乗ってみたいからというだけで、いまこうして夜を走っている。
行ったことのない場所へ行ってみたい、そこでなにかを見てみたい。
そんなコドモっぽい目的を求めることを許してくれるのは、まじめなおとなたちやこどもたちが、どこかで忙しく働き、つつましく暮らしているから。
昼間、窓の外に見えた長屋のこどもたちは、いまごろどうしているだろう。
ぼくは知らないうちに、両膝に顔をうずめていた。