レジェ・パラ   #5 街の裏側

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「ここらでいいやろ」
 不良少年たちに連れてこられたのは、密集した建物の陰になった袋小路だった。人同士の擦違いもままならないような狭い路地を連行された末にたどりついた場所である。昼間だというのに、3階建てらしい建物の陰に遮られ陽もほとんど差さない。空いた酒ダルからのものらしい饐えた臭いがよどみ漂っている。
 少年たちはレジェをぐるりと取り囲んだ。逃げ道はないようだ。
「おい、最後しまいに訊いてやる。持っとるゼニ全部寄越イクせ。ほうすりゃ叩ッ付けんといてやる」
 はじめに言いがかりをつけてきた刺青の少年が、レジェを見下ろすようにして高圧的に云った。
 レジェはうつむいたまま、震えをこらえるようにただ唇をかむだけだった。
「だんまりかい。このビハクさまをナメてかかるちゃ、イサドいガキや。……やれ」
 号令がかかると、身近にいた少年がレジェを力ずくで引きずり倒した。みかけは痩せぎすだが骨張った腕は意外に力強く、あっという間に視界が下降し、石畳に顔を打ち付けられた。
 倒れこんだところで2、3人がのしかかってくる。二の腕をぐいと掴まれ、ただちにリュックを剥ぎ取られた。
「まて、カバンはあとや」
 刺青の少年が、リュックを物色しにかかる部下をおしとどめた。
「その前にや、おんぼらぁーともてなしてなぁ、かわいがってやらんとなぁ……?」
 うつ伏せになったレジェのたもとに屈み、ニタリといやな笑みを浮かべる。手に刃物を握っている。
「……!」
 顎をムリヤリ持ち上げられ、ナイフの刃がレジェの目の前にきた。刀身は薄汚い。おそらく前の被害者からのものらしい赤黒いものがこびりついている。
「云うこときかんアタクソじゃ。その白いほっぺたをあこぅらと染めてくれるか」
 少年はナイフの切っ先でレジェの山高帽のつばをちょいちょいと持ち上げ、すくい取った。
「ん? どっから刻んで欲しいがや」
「……お金なら、はらいます」
「ゼニやと……!」
 少年は、いちど奪った山高帽をレジェの顔めがけて打ちつけた。
「ゼニで何でも始末チョーつくと思うなや、アンカ!」
「ほうや、ゼニの目当てでやっとると思うとるがか、この小僧ボボスケ!」
 別の少年がしわがれた声を荒げた。腕を踏みつけられ、にじられる。疼痛が走り、まつげが濡れる。
「金持ちのヨソモンが、奴等アラチ相手の露店で、いい気になって漁っとる。しかもそれが子供ネネコちゃ、許せっかい」
 また別の少年が怒鳴り、うつ伏せの背中を蹴ってきた。
「オレらではとてもえんもんをいい気になってうていって、おかげで店のモンもそれ目当ての品ばっかり並べとるがいや!」
「ほうや! オマエらが金にあかせて何でもできると思うとるからや!」
 少年らが代わるがわる声をあげた。足蹴が腕、背中、脚、ところかまわず降った。
 レジェはうつ伏せて耐えるままに、頭上から浴びせかけられる罵詈雑言を聞いていた。耳をおさえたかったが、その腕は踏みつけられたままだ。歯をくいしばり、涙をこらえた。
「ほんじゃさかい、ワリャ、見せしめじゃ。くにへ戻れん顔にしてやる」
「や、やめて……!」
 刺青の少年が切っ先を近づけてくる。相手の口許はぴくぴく引きつっている。興奮しているのだろう。その表情に慈悲はない。が、レジェはすがった。
「や、やめて……下さい、お願い……」
 レジェはほとんど嗚咽を洩らしかけながら云った。相手が下卑た笑い声をたてた。
「笑わせるなや小僧。オレを誰や思うとる、オレはビハクなんやぞ。ナイフが血ぃを欲しがっとるがや。ワレ、目ぇ見えんがにしてやるか」
 まぶたにつめたい感触が触った。
 相手はどうやら本当にやりかねない。もうだめだ、と思った。
 そのとき。
「おまえらぁーーっ!!」
 少女の声。
「何や?!」
 とっさにナイフが引っ込んだ気配である。おそるおそる薄目をあけた。すると、
「おまえらぁーーっ!!!」
 また少女の声が響いた。
 耳を疑った。
 ……パラの声。
 掛け声とともに猛進してきたのは、信じられることだろうか、パラだった。パラが栗色の髪の毛を振り乱して駆けつけてくる。
「オ、オドリャ何者や!」
「レジェさまのおともだちよ! あなたたち、いくらサドでも、ジョーダンやっていてはいけないわ!」
 パラは細い腕をぐるぐる回しながら威武を振るった。
 なぜパラが。助けが来てくれたことへの嬉しさはなく、むしろますます蒼ざめるようだった。にげてくれ、とレジェは念じた。
「スペースローリングタイガーパンチを受けてみる気!?」
 パラが素っ頓狂な声でタンカを切る。少年たちが突然で珍妙な乱入者に唖然としているなかで、リーダー格の刺青が一人激昂した。
「キサマぁーッ!」
 ナイフを手に、パラへ跳びかかる。
 ダメだ、とレジェは思い、眼をつむった。
 衝撃音が断続して響く。
 金属と金属のかち合う鋭い音。
 カシャンと、なにかが石畳に落ちる音。
 レジェが目を開くと、刺青の持っていたナイフが地面に落ちていた。
「な、なんやとぉーッ?!」
 ナイフを失ったビハクが叫ぶ。
 レジェは顔を上げた。長剣を正眼に構えた男が、そこに立っていた。
「貴様たち、どうなっているのか!」
 男はその剣に見合う長身で、軍人の着るような詰襟の衣服を纏う。黒いその着衣に玲瓏たる銀髪が浮き立つ紳士だ。
「やべぇ、エルガンや!」
 少年らがざわめき、刺青も明らかな狼狽をみせた。
「助っ人が一人と思うほうがうかつなのだよ、ビハク君!」
 紳士が真上へ高く振り上げた剣が、驚きすくむビハクの頭頂へ向けて一閃される。速い。
 瞬間的に、レジェもパラも両手で目をおさえた。
 にぶい音がしたかと思うと、おさえた指と指のすきまの向こうで、腰を抜かしたビハクがヘナヘナと膝を突いてくずおれていた。
「殺しはせんよ。クサいメシを腹一杯食ってもらわねばな……」
 騒乱は潮の引くように静まった。紳士はすっかり戦意を喪失した少年達に手錠を掛けてまわり、それぞれを汽車遊びのように繋いでいる。
 レジェは身を起こし、パラを向いた。
「無事でよかったよ、おまえ……」
「それ、こっちのセリフじゃなくて?」
 パラの瞳が、まるで幼な子を見るような眼差しでレジェを見下ろし、くすくす笑った。地に落ちた山高帽を拾い、ポンと頭にかぶせてくれる。
「もう、レジェさまはわたしがいなきゃダメね」
「気楽に云ってくれちゃって。死ぬかと……思ったんだぜ? ばか!」
 レジェはそう毒づいて、そっぽを向いてしまった。けれど差し伸べられた手はしっかり握った。あたたかく、すこししめっていた。彼女もこわかったのだろう、本当は。そう思うと、いまさら涙が出そうになってきた。
「でね、これっ! 買ってきたわ。プレゼントね!」
 パラは、赤いリボンのかけられた包みを得意げに差し出した。レジェは眼をすばやくこすりながら、それを手にした。
「なに、これ」
「へへ、プレゼント、プレゼント。買ってきたんだって」
「これを買ってきたのか」
「はやく開けてみて、」
 パラは自分が贈られた側であるかのように、瞳をキラキラ輝かせている。
 中身は腕輪だった。ブレスレットである。銀色の、華奢で繊細な造形。ところどころに薄紅色の宝石があしらわれている。とても男物には見えなかった。
「…………」
「どう? いいでしょ」
「…………」
「ねぇ、ご感想は?」
「……ぼく、女のコじゃないんだから」
「じゃあ、女のコはこういうのがいいんだってサンプルね」
「……なんだい、それ」
 なんだかんだ云いながらも、せっかくのことである。レジェは留め金をはずし腕に付けてみた。
「かわいい!」
 パラは満足げに手をぱちぱち叩いた。
「……………」
「かわいいよ、レジェさま!」
「………………」
 レジェは、無言のままそれを外した。
「やっぱ、ダメぇ……?」
 パラは残念そうに眼を伏せた。彼女は感情がすぐ顔に出る。気落ちがダイレクトに伝わってくる。彼はすこし考えてから、黙ったまま彼女の腕をとった。
「……なぁに?」
「ぼくからプレゼント。女のコは、こういうのがいいんだろ?」
 レジェがそのブレスレットをパラの手首に付けてやると、彼女の表情は霧が晴れたように快晴をとりもどした。
「ありがとう! レジェさま」
「こっちこそ、ありがとな。助けにきてくれて」
 宝石の薄紅色がパラの白い手首を淡く染める。輪はすこし余ると見えて、彼女が手をうごかすたびに、しゃらりと鈴のような音をたてて揺れ動いた。
「やっぱ、パラのほうが似合うよ」
「そう? ありがとう!」
 考えてみればヘンなことだが、パラは気にしないようで、素直に喜んでわらっていた。
 そんな2人のほうを、連中の拘束を終えた銀髪の紳士が優しげに見守っている。レジェはそれに気付き立ち上がり、深く礼をした。
「ありがとうございました」
「礼にはおよびません。おケガは、」
「へいきです」
「それは、良かった……」
 男は深い声でゆっくりと云った。
「……あなたは?」
「――私はエルガンと申す者。宿屋の主人と……、トナザリナ市営自警隊の隊長を務めております。」



           ――続く




 ・ #6「旅の宿」へ


   04.05.19 脱稿

Mori Saketen.com

 


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