レジェ・パラ   #4 街路市

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 朝市は川筋の道に帯状になって連なり、賑わっている。
 人々のいきいきとした表情。交わされるのは土地独特の異国語めいたことば。行商の老婆が大八車をゆっくり牽いて歩き、甲虫トラムがベルをチン・チンとかき鳴らしながら、雑踏をかきわけ走る。
うてくだぁ」
「まっことに、美味いわ」
 ひとなつこいお国ことばに呼び止められると、用事もないぶらぶら歩きの2人も、つい足をとめてしまう。
 店々の天幕の下に並んでいるのは、樹からもぎたてかも知れない瑞々しくつやつやの果物、土のついたままのイモ、青々とした蔬菜に白や赤の身をした根菜類。ブリキの寸胴にたっぷり入っているのは自家製らしい青菜の漬物だ。それに天幕の梁からぶら下げられた乾物に燻製肉。果汁水を量り売る露店もある。食べ物に限ったことはなく、花束に盆栽、骨董品らしい壷、宝石。これは宝石とも鉱石ともつかないもので、花崗岩か何かかも知れない。それに竹細工の玩具。ウサギや仔猫の入れられたケージまである。どの品にも、カラフルな天幕に透かされた朝陽の、色彩を帯びた鮮やかな光が落ちている。
「なんでも、揃ってるね!」
「まるで、シティの百貨店だな」
「それ以上かもよ」
 決して贅沢な品々ではない。決して芸術的な品々ではない。飾らないモノ、そして人。舗構え。しかし市場というひとつの生き物の活気が、人々の生気も品々の精気も取り込んで、目抜き通りに満ち溢れる。これが街路市なのだ。たしかにシティの百貨店以上だなとレジェは思った。見てくれだけ華美な、安っぽい店屋などではないのだ。
「いいナ……、こういうの」
「うん、いいね〜!」
「パラは並んでる売り物がいいんだろ? 女の子なんだから……」
「じゃあレジェさまは何がいいの?」
「何がって……?」
 レジェは唇をとがらせた。答えがかたちになっていなかったのだ。
「……何がいいってこともないさ。こういう風景がいいっていうことだよ」
「茫洋としてんのね」
「ボウヨウ?」
 パラはときどき難しいことをへいきで云ったりする。レジェは眼をぱちくりさせた。
 歩き進んでいくと、食べ物を供する屋台が並んでいる一角に出合った。円卓に虹色の傘がかかり、その下で人々がてんでに朝食を摂っている。黙々と何か麺をすするおばさんもいれば、立ったまま饅頭か何かを頬張るはすっぱな女性もいる。向かい合わせに坐って焼きたてパンを分け合うカップルもいる。
「何か食べようか」
「うん!」
 パラは元気よく返事して、ポケットの財布をごそごそ取り出そうとした。レジェはその手を抑えた。
「いいよ、おごったげる」
「いいの?」
「これくらい気にするなって」
「さっすが御曹司さま。お金持ち!」
 パラはなにげなくそう云った。気を利かせて云ったつもりだったのかも知れない。
 ところが、そのなにげない言葉を耳にして、レジェは瞳をやにわにかげらせた。
「どうしたの、レジェさま」
「それ、やめてくれる、」
 彼はすこし語尾を上げて云った。
「それって、なにを?」
「御曹司? お金持ち? ……どういう意味だよ」
「意味って……」
 パラは少し狼狽した。うつむきかげんのレジェの表情は、山高帽のひさしに隠れてパラには見えない。
「意味って……」
 レジェの憤怒に、パラはおろおろと声を震わせた。どうしていいかわからず、彼の手にのろのろと手を差し伸べた。
「好きでお金持ちの子供じゃないんだよ。……キミにまで云われたくなかったけどね!」
「レジェさま、わたしは……」
 その手を振り払って、勝手に歩き出した背中を、パラは必死で追った。自分の不用意なことばがどうやらレジェを傷付けたらしいことが判り、彼女はひどく気落ちした。
「ごめんなさい。そんなこと、気にしてるなんて……」
 少年は応えない。
「レジェさま……!」
 少年は、応えない。様々な屋台の前を、無視するかのように肩をいからせて歩いていく。
 パラは懸命に足をはやめてレジェの肩に並び、ごめんなさい、とくりかえした。けれど肩越しの顔は白皙を思いっきり紅潮させ、ただ前を見つめたまま、目もあわせようとしない。
 パラは半べそになってレジェの歩みにあわせた。石畳の隙間につっかけそうになりながら、必死に並んだ。
「オイ、そこの2人!」
 と、怒声にも似た大声が、どこか傍らからかかった。
 レジェもパラも、驚き弾かれるようにして声のほうを向いた。
 見れば、屋台のおじさんが陽に灼けた顔をにこやかにくずし、手招きしていた。たまらなくいい匂いが伝わってくる。なにか油で揚げているらしい、香ばしい匂いだ。
美味いぞ」
 おなかの音は、たぶん二人同時に鳴ったのだろう。気持ちいいほどの声量で鳴いたおなかの虫の音が、身体の内外から聴こえた。レジェはなかば強情に無視しようとしたけれど、どうにも堪えきれず、ふふッと噴き出した。
 照れ隠しのつもりで、レジェはパラをふりかえった。涙で、ぐしゃぐしゃだった。
「ボク、女の子を泣かせたらだめやぞ」
 いかにもガラッパチな風貌のおじさんが、諭すような口調で云う。それで、レジェの血がスッと降りた。
「……ごめん、仲直りしよう。食べようよ」
 レジェがパラの顔をハンカチで拭ってやると、彼女の顔にぱぁっと陽がさして、くすぐったそうに眼を細めた。そういう切り替わりのよさに、レジェはありがたいと感じた。
 店のおじさんはうんうんと頷きながら、調理に戻った。馬鈴薯を目にも留まらぬ早わざで少し厚めの輪切りにきざみ、それを油の煮えたぎる鉄鍋に投げ入れている。どういうわけかその輪切りが鍋の中で膨らんで、ぷくっとキツネ色のボールになる。
「これな、“ポテト・ボンボン”ち云うがや」
 おじさんは鉄製のザルでそのボールをすくって、紙皿に盛りだくさんによそってくれた。
 2人は仲直りのきっかけをつくってくれたおじさんに礼をしてから、パラソルの下に向かい合って坐り、サクサク美味しいポテトボンボンをおなかにおさめ、それからデザートに氷菓アイスもなめた。これも馬鈴薯が原料らしく、シャリシャリとシャーベット状だが、舌の上でとろけるとデンプン質がホッコリして、けれども冷たくて甘くて、2人ともすっかり堪能した。
「さっきは悪かったな。……どうも寝不足で、いらいらしてんのかな」
「ううん、いいの。レジェさまのいやなこと、云っちゃったのわたしだから」
 レジェはパラに眼を向けられなかった。
「いやなことじゃあ、ないはずなのにな、ふつう。ゼイタクだよな、こんな悩み。……金持ちのこどもなのが厭なんて」
 眼を伏せて自嘲気味にわらうレジェを、パラは慈しむようなまなざしでじっとみつめていた。
「レジェさま、優しいから……」
「優しい?」
「そう、優しいんだよ。そう思うことって、お金持ちじゃない人をおもってくれるからでしょ? それ、ちょっとお金持ってるだけで自慢していばってる人よりか、よっぽどいいじゃない」
「……そうかな」
「そうだよ。レジェさまのお父様もお母様も、わたしたち家族にはよくしてくれて。それはとても、嬉しいしいんだよ?」
「…………」
「それに、レジェさまのおうちがお金持ちじゃなかったら、わたしたち会えなかったかも知れないわ。わたしたち家族だって、どうなっていたかわからない。レジェさまがいなかったら、わたし……」
 だんだん涙声になるパラに、レジェはありがとうと口の中でモゴモゴつぶやきながら、彼女の手に手を差し出した。パラは差し出された手のひらをぎゅっと握った。
 あたたかくて、やわらかい。じいんとした。いらだちも卑屈な思いも吹き飛んで、素直な気持ちになって、ふんわりとした気分になった。
「パラのほうが……」
「なぁに?」
「…………なんでもない」
「へんなの」
 露店と露店の隙間から垣間見えるトナザ川の流れは澄みきっている。小石が敷き詰まったような川床の色も清々しい。
 喧騒のなかに、このふしぎな高鳴りは掻き消されてしまっただろうか。
「そうだッ!」
 唐突に張り上げられた声でレジェが我にかえると、パラはするっと手を放してしまった。
「いまのお返し。いいもん買ってきたげる!」
「なに、いいもんって?」
「だから、いいもん! 仲直りのしるしにね!」
「ちょっと……。お金あるの?」
「あるよぉ〜。わたしだってね!」
 少女はにかっと笑顔を振り向かせると、たたっと駆け出した。そうして、あっという間に人込みに呑み込まれてしまった。
 はぐれなきゃいいけど、とレジェは案じた。
 少しその場で待ってみたけれど、この雑踏の中だ。迷子にならないか不安を感じる。レジェはいてもたってもいられず、パラの消えたほうへ歩みだした。
 まだ遠くへは行っていないはずである。小走りしながら左右に目を走らせる。
 ドスン、と、なにかにぶつかった。
 見上げると、風体善しからぬ少年が澱んだ目付きでギロリと睨んでいる。
 脇目を振ってはいても前方には充分注意していたつもりだったのでレジェは目を白黒させたが、どうやら相手が無理にこちらへ向かってきたように思えた。もしかしたらわざとかも知れなかった。
「ご、ごめんなさい……」
「………」
 相手の少年はまだ顔つきに幼さを残しているが、レジェより20cmシーは嵩高で、逆立てた髪の毛や袖無しの肩に刻まれた入れ墨が多分に険呑だった。耳朶を飾る双頭蛇をかたどったピアスも、まさかこの辺の風習でもないだろう。
「……ごめんなさい」
 レジェはあとずさりながら、消え入るような声とともに頭をさげた。
「シガー、」
 相手が、案外高い声でぼそっと云った。
「はッ……?」
「シガーや。煙草のことやろ。出せま」
「そんなの……」
「出せっちいや、」
「そんなの、……ぼく子供ですよ?」
「持っとらんち云うがか」
「持ってません……」
「ほんなら、ゼニ出せま」
「ゼニ……? お金を出せってこと?」
「ほうや。出せまいや」
「…………」
 まわりには、大人が何人でもいる。こんな街中で白昼堂々何ができるというのだろう。レジェは、だんまりを決め込んで隙あらば逃げようと打算した。
「聞いとるがか」
 相手のいやに大きな手が、レジェの肩を鷲掴みにした。
「おい、出さんがなら叩ッ付けッぞ」
 地方なまりの野卑な響きが襲う。そのイントネーションが嫌いになってしまいそうだ。掴まれた肩をギリギリと圧迫される。眼が熱くなってきて涙がこぼれそうになるのを、歯を食い縛って耐えた。
「ワレ、ほんなに血ぃ見たいがか……?」
 相手の口の端が、にたりとひん曲がった。
 それを合図としたかのように、仲間らしい少年たちが4、5人路地から出てきて、たちまち囲まれた。
 レジェは驚いてあたりの人込みに目配せしてみたが、誰も気に留めてくれることはなかった。襟を無理矢理しょっぴかれると、建物の陰へ引きずりこまれた。連中は無言のままだった。レジェも悲鳴ひとつ上げなかった。上げたところで、この雑踏の中に紛れ散らされるだけなのだろう。
 結局、これが目的かと思う。案外冷めた頭で、こんなことでパラは大丈夫だろうかとぼんやり考えた。



      ――続く





 ・ #5「街の裏側」へ


   04.04.22 脱稿

Mori Saketen.com

 


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