レジェ・パラ   #2 夜を

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 雲の端に火が移って燃え千切れるような夕焼け空が、しだいに群青へのグラデーションを描きはじめ、とうとう薄暗くなって、夜になった。
 旅大好きな少年レジェと、勝手についてきた幼なともだちのパラ。2人が乗っている高速乗合自動車アウトシティ・オムニバス・セセバル号は夜行である。夕方に出発して、夜の帳を貫いて、夜通し走り、夜明けを道の果てに迎え、そして朝トナザリナの街に到着する。距離が長いので、昼間に走るよりも夜走る方が、旅人は効率的に時間を使える。そのための夜行乗合自動車オムニバスなのだ。
 窓の外が暗いので、いまどこを走っているかは判らない。けれどもウェスト=シティをとうに抜け出し、いなか道を疾走しているようなのは判る。道の起伏を拾って、ガタピシ揺れる。
「この感触って……」
 パラが口をひらいた。乗り心地が悪いっていう文句でも云うのかな、と隣席のレジェは察した。
「けっこう楽しいね、レジェさま」
 そう云って、うきうきした様子で眼を輝かせる。
 レジェは意外に思いながらも、
「“さま”を付けるなよ」
 とりあえずそう受け答えた。
 パラはそう云われるのも楽しいかのような上機嫌だ。震動が彼女の栗色の髪を揺れ惑わせる。
「おまえって、酔わないの?」
「酔うって、どういうこと?」
「乗りものが揺れたりして、からだが疲れちゃって気持ち悪くならないかってことだよ」
「ううん、ゼンゼン」
 少女は不思議そうな顔をしている。
 乗り物に酔わないひとにとっては、酔うことが逆に不思議なものだ。レジェも旅好きだけあって乗合自動車オムニバスに酔うことはない。けれども街の綺麗に舗装された道路を離れて郊外の道に入ると、座席の下に仕舞ってある洗面器を手探りでさがして、げえげえやる人がときどき出てくる。彼はそれをよく識っているのだ。
「でも長旅になるんだから、気持ち悪くなったらぼくに云えよ」
「うん、わかった。……さっすがレジェさま」
「なにがさすがなの、」
 面映いのでちょっとぶっきらぼうな感じで云うと、パラは白い歯をのぞかせて笑い声をこぼした。
「やさしいね、ってこと!」
 レジェは、じんわりと顔が熱くなるような気がした。

 どこか小さな村の停留所ストップにとまって、そこが今晩最後の停車場所だったらしい。1人のお爺さんが乗ってきて座席にちんまりと腰を下ろすと、最後尾から自動車車掌マネージャーが歩いてきて、天井のランプをいちいち消して回った。それで車内は暗くなり、窓に瞬く星明かりと月明かりの下をオムニバスは走りだした。
 そろそろ椅子に身体を埋めて眠りはじめる人もぽつぽつ見えてくる。どうやらまぶたも重くなってくる時間のようだ。レジェがインヴァネスのふところから銀時計を取り出すと、思ったとおりの時刻を指していた。
「明日も早い。そろそろ寝ないと明日に響くから、もう寝ようか」
 レジェは、まわりを思いはかり低い声でパラに云った。
「隣りがレジェさまだから、気兼ねなくくつろげるね」
「うん、まぁね……」
 チケットをとった日は違うはずなのに、乗ってみるとどういうわけか2人は隣り同士の座席だった。もしかすると、子供同士ということで会社の方で配慮して隣り合わせにしたのかも知れない。でも、レジェは正直うれしかった。もちろん、せっかく一緒のオムニバスに乗る友達が離れた席じゃなくて良かったというのもあるけれど、隣りが怖いおじさんだったりするとなかなか眠れないし、お姉さんだと太ももが触れあうのが悪いみたいで、恥ずかしいみたいで、とにかくドギマギしていけない。パラが隣りなのは気が楽だ。と、思っていた。
 パラは直ちに規則ただしい呼吸音をたてはじめ、白いブラウスのおなかも上下している。もう寝入ったらしい。
 じゃ、ぼくも寝るかな、とレジェは眼をとじた。
 眼をとじても、オムニバスはまだ走っている。

 東の天からだんだん明るくなって、乗合自動車オムニバスの影が道端のベリー畑にくっきりと浮かびあがった。
 レジェはあくびを手でおさえながら、山高帽からのぞく赤毛の後ろ髪を指で梳いて整えた。
 パラのくーくーという呼吸のリズムがとぎれ、どうやら夢から醒めたらしい。寝ぼけまなこをこすり、あれ…、などと云ってあたりを見廻している。もうみんな起き出して、女性客は手鏡と櫛をつかい、男性客は伸びたヒゲをなでたりしていた。
「オムニバスのなか。いま旅行中」
 レジェはパラの耳元でささやいた。
「……あ、そうだっけ、」
「坐って寝てたってことで、気付かない?」
「だって、あんまりよく眠れたんだもの」
 好き放題に跳ねた前髪やら襟足やらが、それをよく語っていた。着いたら化粧室の前で待たされそうだ、とレジェは予想をつけた。
 旅路は山道にかかっている。白樺林のなかの上り坂を登りきると隧道が口を開け、オムニバスはそれに呑み込まれた。煉瓦の壁に心臓音を反響させながらずんずん進み、やっと明かりが見えて暗闇を抜けると、眼下には川に抱かれたトナザリナの街が朝日を浴びて光っていた。
「きれいー!」
 パラが素っ頓狂な歓声をあげた。
「見てレジェさま、あのお屋根。あおーい、よ! あのお屋根は透通るみたいなピンク。宝石箱みたい!」
 レジェは眼をこすりつつ、うん、うんとどうでも良さそうに頷いていた。
「どうしたのレジェさま。テーケツアツ?」
「……眠い」
 レジェは、しわがれた声でそうこたえた。
「もうレジェさま、寝ないとだめじゃない。きょうに響くんだから」
「そんなこと云ったって……」
 いまさらのように眠気がくるのが不思議だけれど、ゆうべのレジェはパラの規則ただしい寝息がなぜか気になって、くすぐったくて、じわじわして、とにかく眠れなかったのだった。



     ――続く




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   04.03.18 脱稿

Mori Saketen.com

 


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